カカオとチョコのストーリー① 2011年


こんにちは。代表のさつたにかなこです。

今日は2019年1月9日。これから、またバレンタインチョコレートイベントが各地で始まる。
その夜明け前の時間。いろいろな準備をしながら足りないものがないかそわそわドキドキしつつも
とにかく万全の準備に備える時間。
それでいて、今年紹介するものは決定しているのでもう1人のちょっと上のほうから見ている
もう1人の自分はすでにその先を見てこの後自分が何をしていけばいいのか、という「仕事」の
根本的な部分を見つめていたりします。

今日はそんなちょっともう1人の自分の話です。

トモエサヴールがスタートするより3年前前職のチョコレートショップの仕事を辞めたときのこと。
私はチョコレートではなくカカオバターを使った美容用品を作ろうと思っていました。
チョコレートの原料であるカカオに含まれるカカオバターをカカオ産地では肌に塗ったりしていますし
現在でも口紅や、リップクリーム、あとは衣料品ですが浣腸にも使われていると。体にやさしい保湿バターの
美容品を作れたらいいなぁと、化粧品製造メーカーで試作品などを作ったりしていました。

しかし、その化粧品の案はうまくいきませんでした。
想像以上に資金のいる内容で、お金ゼロ・コネゼロ・美容品の販売経験ゼロでは雲をつかむより難しい話だったのです。
今であればよくわかるのですが。アイディアというのは、「思い付き」とは違うということを突き付けられた瞬間でした。
自分がその現状把握をできていなかったんですね。

白紙になった。そうなると、生きていくためにはとにかく働かなければなりません。
もう大人ですから自立していましたし、結婚もしていないので、自分の生活費は自分で賄わなければなりません。
それまで1年かけてためたお金は、世界のチョコレート市場や文化を自分の目で見ておきたくて、
10月のサロンドショコラを自費で勉強に行くということに使っていましたから、手元にさほどお金は残らない生活。
そんな中でチョコレートバイヤーをしませんか?というお話を以前からお世話になっていたNさんにお声がけいただきました。
ただ貿易についての知識はゼロです。そのためアルバイトをしながら、貿易のイロハをNさんについて学ばせていただきました。
チョコレートについての知識はある、じゃぁそれをどうやって生かすか、、、最初は仕事にもならない、でもやってみなければ
できるようにはならない。その間とてもじゃないですがお金をくださいとは言えないから、生活はバイト代で賄い、
持っているお金をはたいて、時には持っているものを売り払って、海外の商談現場へと同行させてもらいました。
ショコラティエと確認しなければならないこと、必要な書類、そういったことと同時に全く話せなかった英語も勉強しなければ
ならないし、専門用語も出てくるのでそれらも学びます。
そして、表には出ない、バイヤーとなりました。
普通の人が楽しんでいることは全部、お預けです。小さな家に引っ越して、ほんとに何もない部屋にしました。
100%人生を仕事に集中。

その後、実際に1年を通しての業務の流れを体感していき、もう1年と2年が過ぎたころ,相変わらず世界各地へと訪問
していました。
そこで「板チョコレートだけを集めたイベントを作らないか?」というお話を阪急百貨店のバイヤー高見さんから頂きました。
2013年の初夏でした。

当時私自身は、技巧を凝らしたチョコレートから、素材である「カカオ」を感じられるチョコレートに
どんどんとひかれていっていたこと、2011年であった海外ショコラティエから「Bean to Bar」について
のお話をきいていたこと、いろんなことが結びつきました。すでに訪問していたNYのクラフト
チョコレートブームも結びつきました。自分のお気に入りの理想的なお店もすぐに浮かびました。
(今でもそのセレクトショップのオーナーとは親交を深めています。彼のお店が日本にできることも感慨深いです。)

チョコレートの華やかな世界に、泥臭くもがいている水面下の足のジタバタは必要ない、、、そう思ってこの部分はあまり
話してこなかった部分です。
最近では、いろいろな人から「同じ仕事がしてみたい」「海外で活躍してみたい」と相談を受けることもしばしばありますが、
そんな人たちはたいてい頭の中だけで考えていて小さな一歩を出すこともできずに立ちすくんでいる人が多いように思います。
また海外で働くということに興味がある人が多いですが働くというのは周りを楽にする仕事。自分のやりたいことは自分でお金を
出してするものです。誰かの役に立つ仕事をするという視点ではない人はおそらく仕事にはならないと思います。
また運のようなものもあると思います。それはずっとその世界を見ていたからこそ、今がその時とつかむもので、まぐれという
ものではないように思います。運をつかむ準備ができている人がつかむのだと思います。
バレンタインの会場ではそんな方から仕事をしてみたいというお話をされることもあるので、もしかしたらちょっとこういう私の
泥臭く、カッコ悪く始まったその部分や見えない苦労がたくさんあることを知ってもらうと参考になる方もいらっしゃるのかなと。

しかしながら、そんな中でももがいているなりに、手を差し伸べてくれた人や、「運命の出会い」のような不思議なものに導かれて、
こうして仕事をしていると思います。いろいろな見えるご縁、見えないご縁に感謝しつつも当時の極限までそぎ落として
頑張っていた時代があったからこそ見える世界があると思うと、「何もない」ことが当時はとても大変でしたが掛けがえのない
財産だと思います。

こうして私のBean to Bar という世界との深いつながりができていきました。
今そのつながりを細い蜘蛛の糸のようなものから、左右前後に織りなすようにして、いろいろな人へバトンを渡し、強い絆を世界を
包むように作っていけたら、、、と思っています。

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